富裕層の「税金逃れ」を封じれば消費増税は不要になる
6月冒頭、安倍首相は2017年4月に予定していた消費税率10%への引き上げを、2019年10月へと再度延期することを決めた。安倍首相は記者会見で「財政健全化の旗は降ろさない」と明言し、改めて「19年10月には必ず引き上げる」ことを強調した。
安倍首相は2年半、30ヵ月間の再々延長で、引き続き消費税増税への執念を見せている。しかし、それよりも最優先すべき政策課題は富裕層の野放図な「税金逃れ」の実態にメスを入れることではないか。「税金逃れ」には厳罰をもって重税を課すなど、富裕層の「税金逃れ」を徹底的に封じて、それを税収の新たな有力財源に育て上げていく発想の転換により、懸案の租税負担の公正化とともに、平準化を期するための法整備を急ぐことが先決ではないのか。
先に公表された「パナマ文書」で、富裕層の「税金逃れ」の呆れた実態と共に、歴代の行政府が中長期にわたって税金のかからない海外のタックスヘイブン(租税回避地)の大がかりなからくりの存在を知りながら、有効な対抗策を打てずに結果として放置してきたという事実は、この機にもう一度検証されるべきであろう。行政府のそうした怠慢が、皮肉にも日本に発想の転換を迫り、その緊急性を示唆しているとも言える状況だ。
増税延期に伴い、ならば代わる財源を何に求めるべきかの議論が本来あって然るべきであったが、その後に続いた舛添要一・前東京都知事の辞任騒動、世界の金融市場を混乱に陥れた英国のEU離脱騒動、そして目前に迫っている参院選といった重大ニュースの陰に隠れて、素通りしてしまったかのように見える。今回は、改めてこの点に焦点を当てて考えたい。
考えてみれば、これまで税務当局が見逃してきた富裕層の「税金逃れ」封じを徹底し、とりわけ目にあまる相続税の捕捉率の低水準を抜本的に改善し、向上策を図るだけでも、日本の税収は一挙に、大幅に潤うはずだ。そうすれば、消費増税はもとより中長期的には消費税そのものが不要になる、ということも決して夢物語ではなく、不可能ではない。
長年の懸案であった「社会保障と税の一体」改革が目指す恒久財源の確保が期待できるだけでなく、租税負担の不公正、悪平等に伴う深刻な格差拡大の是正にも大いに貢献できるため、行政府は不退転の決意で直ちに取り組んでほしい。
税務当局をはじめ、行政府が中長期にわたり、「パナマ文書」が公表したような富裕層の「税金逃れ」の呆れた実態を掌握していながら、手を拱くだけで、ほとんど放置してきた社会的な責任は重大である。これを機会に、行政府は国家百年の計に立って、安易に取り易い非富裕層から広く浅く徴税する、現行の「弱い者いじめ徴税」の惰性から脱却すべきだ。
富裕層の「税金逃れ」を決して見逃さない、強い者にも強い徴税を行う体系を根本的に組み直し、本来の所得再分配機能を取り戻せるよう、租税負担の公正化と平準化へ向けた抜本改革に、真剣に取り組んでほしい。
富裕層の税金逃れを炙り出せば 消費増税の数倍の効果が出る?
行政府の試算によると、消費税率を8%から10%へ増税するのに伴い、期待されている税収の増額分はわずか5.8兆円に過ぎない。元国税調査官の証言によると、「海外に資産や所得を移せるレベルの富裕層の『税金逃れ』の実態は計り知れず、行政府のやる気次第では、それを炙り出す効果は5.8兆円の数倍に及ぶ」という。
そんな宝の山を見逃がしたままで、その穴埋めをより安易に一網打尽で捕捉できる消費税とその増税に求めることは、「経国済民」の根幹であり社会基盤でもある徴税体系の本来の趣旨と狙いに相反する、反社会的な愚策であると言わざるを得ない。
国内外の経済情勢はなお不透明で、2年半となる30ヵ月先であれば、日本が懸案のデフレを脱却し、消費税の増税を受け入れるだけの客観情勢が整ってくると思うのは単なる願望であり、その保証は何もない。そんななかで近い将来、消費増税を断行する政治的な判断は決して「新しい判断」とは言えず、無謀な蛮勇に過ぎない。GDP(国内総生産)の屋台骨である個人消費が伸び悩むなかでの消費増税は、より多くの善良な国民を委縮させ、国力を劣化させて、アベノミクスの第3の矢である成長戦略に水を差し、足を引っ張るだけで、経済の歯車を悪循環させかねない。
パナマ文書によると、「海外に資産や所得を移せる」レベルの富裕層は税金のかからない海外のタックスヘイブン(租税回避地)を利用して「払うべき税金を払わずに、いわゆる税金逃れ」をするだけではない。各国の税務当局が富裕層の「税金逃れ」を未然に防ぐためとして、富裕層に課税する税率を大幅に引き下げ、租税の負担は「税金逃れ」のできないレベルの非富裕層に押し付け、しわ寄せを強いているという、二重、三重に不公正で悪平等な徴税実態が、同文書から明らかになってきた。
パナマ文書とは、パナマの法律事務所であるモサック・フォンセカの膨大なデータが、南ドイツ新聞社に持ち込まれたもの。同新聞社がデータを分析するため、ICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)に協力を呼びかけ、世界76ヵ国、107の報道機関から約400人の新聞記者が参加して、1年前から調査、分析を進めている秘密文書である。日本からも共同通信と朝日新聞の記者が各1名ずつ参加して、分析作業は今も続いている。
ファイル数にして1150万件に及ぶ膨大なデータには、過去40年間にわたる21万件のタックスヘイブンでの取引データが記録されている。その中には、ロシアのプーチン大統領をはじめ、英国のキャメロン首相ら現役の政治家や経済人、アスリート、芸能人など、世界中の著名人が含まれている。アイスランドのグンロイグソン首相が辞任に追い込まれるなど、パナマ文書の公表に伴う波紋も広がっている。