萩原健一さん 死の前日、記者が見ていた「緊急搬送の瞬間」
3月25日、すっきりとした青空が広がった月曜の午前10時過ぎ。都内の閑静な住宅街に建つ瀟洒なマンションの前に、けたたましいサイレンの音を鳴らした1台の救急車が停まった。この日、本誌・女性セブン記者はショーケンこと萩原健一さん(享年68)に取材するため、彼の自宅を訪れていた──。
それはあまりに唐突だった。アウトローな生き様とカリスマ性から、多くのファンを魅了したショーケンは、2011年にGIST(消化管間質腫瘍)を患ったが、本人の強い意向で病名は伏せてきた。ゆえに彼の訃報はショッキングなニュースとして受け止められたが、本人と遺族は人知れず難病と闘っていた。
2011年に自身4度目となる結婚をしたモデルの理加夫人(57)と暮らしていたマンションの近隣住民によると、こんな“変化”が見られていた。
「2年ほど前に引っ越して来られたようです。当初は、奥様と一緒にジョギングや散歩をされている姿をよく見かけました。でもここ最近は、一気に老け込んだように見え、奥さんと車で出かけることはあっても、歩いて出る姿はほとんど見なくなりました」
昨年末まで精力的に仕事をこなしていたようだが、今年に入って入退院を繰り返すようになったという。
「亡くなる1週間前に通院した際に、“来週の月曜(25日)もまた来てください”と医師に言われ、通院予定だったそうです。そして25日には、実家のある埼玉から親戚も集められていました。そうしたところ様態が急変し、通院ではなく救急車を呼ぶことになったと聞いています」(スポーツ紙記者)
冒頭のように停まった救急車から、白いヘルメットに水色の制服を着た救急隊員が数人降りてきた。マンション前の歩道には、不穏な空気を察した通行人たちが足を止める。5分、10分と過ぎるうちに人だかりは消えた。救急隊員がマンションに入ってから15分が経った頃、彼らはストレッチャーとともに戻ってきた。その傍らには理加夫人と見られる女性が付き添い、救急車に彼女も乗り込むと、すぐにサイレンの音を鳴らしながら急発進していった。
その後、本誌記者はマンションの外に出てきた親戚を名乗る男性に話を聞こうとしたが、「事務所に聞いてほしい」と語るのみだった。
それからちょうど24時間後、搬送先の病院で理加夫人が見守る中、ショーケンは息を引き取った。
「派手なことはやるな」という本人の遺志もあり、葬儀は家族のみで行われた。波乱万丈な半生とは対照的に穏やかな最期となった。